トピックス

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2016 Autumn

この記事は2016年11月発行の「JBA JOURNAL」に掲載されたものです。内容及びプロフィール等は掲載当時の情報となります。

株主に隠すことは何もない。
自主開示こそ情報公開の肝。

長井 進氏

長井 進氏Susumu Nagai

元カゴメ株式会社
執行役員

1949年7月生まれ、東京都出身。1973年3月横浜市立大学商学部卒業。同年4月カゴメ(株)に入社、経理部長、財務部長(執行役員)、広報IR部長(同)、コーポレート・コミュニケーション本部IR 部長(同)を歴任。2012年6月退任。同年7月三菱UFJ信託銀行(株)法人コンサルティング部顧問(現)、2013年6月(株)マジカルポケット顧問(現)、2016年9月(公社)日本フィランソロピー協会シニアフェロー(現)。

株主6500名から17万名に

―ご経歴を教えてください。

1973年カゴメに入社し、39年間勤めてきました。最初の1年間、営業に配属されました。2年目に上場準備要員として経理部に配転となり、上場の仕事を勉強させてもらいました。5年余り在籍後、大阪と東京で営業関係の仕事を約10年やらせてもらいました。それが結果的には、その後の経理や財務、そしてIR関連の仕事に大いに役立ちました。

―独自のIR戦略で、株主を6500名から17万名に拡大されました。

1996年の定時株主総会をもって、カゴメは1899年創業以来初の創業家以外からの社長が就任。いわゆる資本と経営が分離しました。6代目社長に就任した伊藤正嗣氏は、98年からIR活動に着手。2000年1月に発表した企業理念の一つに「開かれた企業」を掲げ、株主への積極的な情報開示に転じたのです。この新・創業ともいうべき時期に、私は経理部長を務めていました。最初に「株主総会を対話と交流の場に、かつ、集中日から1週間前倒しで開催」というトップ方針を受けて、98年から実践しました。同時に情報開示の早期化に取り組み、00年9月中間期から翌月以内の短信発表可能な体制を整えました。br /> 次に取りかかったのが、金融機関の持合株式を活用した個人株主づくりです。それまでのカゴメは、金融機関や創業家等の安定株主が約7割を占めていました。金融機関の持合株式を解消して、自社商品や会社に愛着を持ってくださっている主婦を中心とした”カゴメファン株主”を増やす。それが経営の強い意向でした。01年、株式購入の1単元数を1000株から100株に引き下げ、同時に「年2回、新商品を中心に株主に贈呈する」カゴメならではの株主優待制度を導入。金融機関との持合株式の約半数相当800万株を放出してもらって株式売出しを実施。これで一気に2万7800名のファン株主を獲得できました。
その後、06年(125万株)と10年(223万株)に残りの持合株式を売出し、05年9月末に株主数は10万名を超え、11年3月末に17万名を突破しました。

まず社内から情報オープン化!

―ファン株主獲得の狙いは?

投資家に対するアプローチでは、企業の長期にわたる資産を支える有用な資本として適当ではない。これが私の長年の経験から得た持論です。投資家は配当や売買による経済性を短期間に求めます。一方、大衆生活者のファン株主は商品や企業、社会貢献活動等を応援してくれながら、長期継続保有してくださいます。そうした個人ファン株主の方々が、企業価値を創り出し、株価も下支えしてくれます。実際、カゴメのファン株主は、自社商品を一般消費者の10倍以上購入してくれている調査結果が出ています。そしてカゴメファン株主は、10年後も保有している割合が4割にも上ります。

―それを可能にしたものは?

何と言ってもファン株主を増やすという方針を、トップが打ち出し貫いたことが大きいと思います。そのためにフェアかつタイムリーに情報を開示する。さらに大衆生活者にも理解してもらえるシンプルでわかりやすい内容にする。株主に隠すものは何もありません。制度開示は当たり前、さらに独自の自主開示をどのように発信するか。それが情報開示の一番の肝です。例えば、金融庁のルールには1億円以下の役員報酬は公開義務がありません。しかし、カゴメは株主からのご要望に応えて公開しています。積極果敢な情報開示こそ、ファン株主の方々に安心感を提供できる最高のツールと考えるからです。
この仕事を始めるにあたり、社長ご自身が「まず社内から情報をオープンに」と言われました。私はこの言葉が何よりも心強く有り難かった。機密事項以外、社内の経営会議や各部門の会議内容を掲示板にして、従業員の誰もが見ることができる環境に整えました。

企業の最大の商品は”株式”

―IRの秘訣、経理財務の役割は?

株主とうまくリレーションするには、株主の気持ち、株主の立場になれるかどうかです。それを経営陣に考え判断いただくためには、適時適切な情報提供が不可欠です。株主が10万名を超えた辺りから、カゴメの株価が日経平均とかい離し始めました。ROE(株主資本利益率)は3?4%台でもPBR(株価純資産倍率)が2倍前後。その一つの要因が多くの大衆ファン株主の存在です。アナリストが割高と判断して投資家が売却した株を、ファン株主がこぞって購入し、下支えしてくださる。これによって株価も安定し、結果的に株主資本コストが低位な株主構成に変化したと考えられます。
「企業が提供する最大の商品は株式」と、私は言い続けてきました。ステークホルダーの多種多様な側面を持った「お客さまファン株主」の創出によって、株主資本はより強固になります。気候や為替等の外的要因で業績が大きく変動する食品業界にあって、カゴメは上場以来、三期に一回減益決算でした。それでも株価は市場にさほど翻弄されることもなく、安定した株価形成ができました。事業活動を支える、長期でより安定した、かつ低コストの株主資本を創り上げること。それが経理財務の重要な一つの機能であり役割だと思います。

―本日はありがとうございました。