トピックス

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2016 Autumn

この記事は2016年11月発行の「JBA JOURNAL」に掲載されたものです。内容及びプロフィール等は掲載当時の情報となります。

機械学習で時間と量の限界を
超える
AI(人工知能)がもたらす経営革新

桜本利幸氏

桜本利幸氏Toshiyuki Sakuramoto

SAPジャパン株式会社
CFOソリューション推進室 ITコーディネータ/公認システム監査人

1986年山形大学卒業、北海道拓殖銀行入行。1998年日本オラクル株式会社へ。会計、財務、資金、経営管理、内部統制分野でのITソリューションのコンサルタント、マーケティングに従事。2013年SAPジャパン株式会社へ。EPM、GRC、グローバル・キャッシュ・マネジメントやIFRSなど会計関連ITソリューションのスペシャリスト。ITコーディネータ、公認システム監査人。

ロンドン五輪で28年ぶりにメダルを獲得したバレーボール女子日本代表チームは、監督がタブレットを片手にベンチから選手に次々に指示を出す情報戦術で注目を集めた。優秀なアナリストが、例えばA選手のサーブデータから次に打たれるであろう可能性の高い球種や場所を判断して、その結果を逐一監督のタブレット上に示す。2015年、バレーボール女子日本代表はそれをさらに進化させた。リアルタイム分析に機械学習(machine learning)を採用し、予想アルゴリズムを試合進行中でも動的に変えるという離れ業が用いられた。リオ五輪ではメダルには手が届かなかったが、五輪出場をかけた最終予選で大きな役割を果たしていた。
2014年、サッカーワールドカップ・ブラジル大会におけるドイツチーム優勝にSAPのデータ収集・分析技術が大きく貢献したことはよく知られている。トラッキングカメラで収集した選手のデータは1試合あたり4000万件にも及ぶ。従来の2000件から指数関数的に増加したビッグデータの活用によって、ドイツはブラジルに勝利したとも言われている。

瞬時、瞬時に指示できる。AIが経営の在り方を変える

これらスポーツのリアルタイム分析やビッグデータ分析に、威力を発揮しているのが、機械学習と呼ばれる技術である。
機械学習とは、簡単に言えば、人間が学習するように機械(コンピュータ)に学習機能を持たせる技術のことで、AI(人工知能)の一領域にあたる。自動化とアルゴリズム的解析によって機械が自分で情報を分類し、分析する。言わば、「人のノウハウを注入されたコンピュータ」のようなもので、人間が限界を超えるための強力なツールとなる。

図表1

機械学習で何ができるのか?

もちろん機械学習が用いられる場はスポーツに限らない。むしろ主戦場はビジネスの現場にある。経営の在り方は激変している。25日時点で月末の着地点を予想するのが先進的企業の経営手法であり、機械学習を使えばそれが可能になる。つまり、経費やプライスのコントロール、キャンペーンの発動など経営の打ち手を月次で実践できるようになる。ビジネス(経営・管理)領域で、機械学習がツールとなるテーマは、大きく4つにわけることができる。テーマごとに事例をみていこう。

Theme1 CRM(Customer Relationship Management)

ITの活用によって飛躍的に進化したCRMは、機械学習によって新たなステージに移行し始めた。
日本の首都圏を中心に展開するスーパーマーケットA社は、ポイントカードによって、個人の特定と購買履歴が把握できることを利用して、売上アップとロイヤルカスタマーづくりの新しい試みを開始した。例えば、月に一回歯磨き粉を購買している顧客が、そろそろ歯磨き粉が切れそうなころ、支払い時にレシートと一緒に歯磨き粉のクーポンが付いてくる。レジを通って精算が終わるほんの10秒ほどの間に、ポイントカードという個人を特定できる情報と膨大なPOS情報を紐づけることで、この顧客がいつどこのお店で何を買ったかがわかる。人間では到底なしえない圧倒的なスピードの達成。時間の限界を超える―それが機械学習の最大の強みでもある。
銀行や証券会社では顧客の離反防止に機械学習が取り入れられている。日本の金融機関は併が進んだ結果、一行が管理する口座数が倍増。膨大な口座管理は手間がかかり管理が行き届かず、知らぬ間に口座解約に至るケースも少なくない。そこで機械学習エンジンに、口座解約した人のプロファイル(年齢、地域、性別、家族構成、取引履歴……)等、あらゆる情報を入れて、最も解約している人の標準的なプロポーションをあぶりだし、離反防止のキャンペーンを打つ。人間がやろうとすると何カ月もかかり、その間にやめてしまう人がいるかもしれない。量の限界を超える――それが、機械学習のもう一つの大きな特徴である。

Theme2 Operations

経理業務のオペレーションの中で、いまだマニュアル処理に頼らざるを得なかった売掛金の入金消し込み。売掛金データと銀行入金データを見比べてマッチングさせる作業が、機械学習によって自動化が可能になった。過去の請求から入金までの期間、入金される銀行・支店、複数の請求をまとめて入金したり、振込手数料を差し引いて入金したりといった入金傾向等のデータを学習して予測する。このシステムは現在、提案ベースにのっており、この記事がお手元に届くころには動き始めているかもしれない。

Theme3 Risk

グローバル展開する総合家電メーカーB社では、税金、賄賂、輸出規制などのリスクを縮小するために、機械学習で作成したハイリスク取引探知モデルを組み込んだ不正管理システムとERPシステムを連携させることで、全件検索、リアルタイムチェックを実現した。年間95万件ある各拠点の支払いをすべてチェックし、リスクを探知すると管理者にアラートが飛ぶ。高リスクの支払は一時ブロックして不正発生を未然に防ぐしくみもある。

Theme4 Fraud

不正防止にも機械学習は威力を発揮している。20の不正探知ルールを活用して4万件の請求データを分析していた欧州の保険会社C社では、誤検知が頻発。結果として多くの不正請求を取り逃していた。機械学習を使って既存ルールと請求データの分析を行ったところ、実効性のある不正検知ルールは2個だけであることが判明。同時に機械学習は新たなルールを3つ導き出した。これらを不正管理システムに組み込み、誤検知は90%、調査工数は85%削減。誤検知による無駄な仕事が減り、不正の取り逃しもゼロに近づいた。

図表2

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次号では、ビッグデータ活用やビジネスのリアルタイム性を実現した背景と企業システムのさらなるパラダイムシフトの実際を見ていきたい。