トピックス

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2017 Summer

この記事は2017年8月発行の「JBA JOURNAL」に掲載されたものです。内容及びプロフィール等は掲載当時の情報となります。

「自分の頭でとことん考える
持久力」と「逃げない腹の括り
方」を持ちたい。

石橋 哲氏

石橋 哲氏Satoshi Ishibashi

株式会社ブループラネットワークス
取締役

1987年東京大学法学部卒業、日本長期信用銀行入行。Citibank N.A、産業再生機構等を経て、日本郵政顧問、内閣官房東京電力経営・財務調査タスクフォース事務局企画官、東電福島原子力発電所事故調査委員会(国会事故調)調査統括補佐、吉本興業監査役(現)、中小企業基盤整備機構審査委員会委員(現)、政策研究大学院客員研究員(現)等を務め現在に至る。

極限状態で見えてきた人間の素晴らしさ、愚かしさ

―ご経歴を教えてください。

新卒で87年に長銀に入行して12年弱いました。今でもクリアに覚えていますが、91年初から不良債権の世界に入りました。長銀は不良債権で破たんしたと言われていますが、そこではいろいろな方との邂逅があり、ドラマさながらの人間模様の中をかいくぐる中で、行内外で「かっこいいな」と思う人がたくさんいました。今から思えば「自分の筋を通す人」でした。
昼行燈が突然、大石内蔵助になるということやその反対が本当に起こります。極限状態になったとき、人間のむき出しの姿が見えてきます。本当に腰を据えて、腹を括ってやるのかが見えてくるのです。今から思えば破たんしてくれてよかったのかもしれません。あのままモノカルチャーの中で生きていたら、偏った見方しかできない人間になっていたと思います。

―学ばれたことも多かった。

今までの職業人生の中で最初のエキサイティングな場面は、長銀時代、大型不良債権特殊部隊に91年初に着任してからの2年半です。今でこそ倒産処理の世界では当たり前になっている議論が、世の中に全くなかった。それを懸命に考えて、他の銀行と交渉しながら特定債務者の包囲網をつくって担保物件は共有にするなど世の中に先駆けてやったと思います。後ろ向きの最前線ではありましたが、クリエイティブでした。この経験があるからこそ、今があると思います。
長銀破たんと前後して、シティバンクに入りました。シティバンクは金融組織としては素晴らしかった。しかし、極限状態の中で殴り殴られるような世界を経験してきた身からすると、シティの凪の世界は、どこか物足りなかった。

―シティで得られたものは?

シティで知り合った取引先の方など、今でもお付き合いいただいている方が何人もいらっしゃいます。功成り名を遂げた方々は、世の中が凪でも「有事」を生きていらっしゃる。まさに常在戦場の凄みがありました。そうした方々から、多くを今でも学ばせていただいています。
その中のお一人、冨山和彦さんからのお誘いで、03年から4年間、産業再生機構でフル稼働の日々を送りました。04年秋から05年3月までが支援決定の最終工程で、極めて多忙で印象深いです。社内でインフルエンザが蔓延しても誰も休まない(笑い)。大きな案件がひと段落ついて少し休めるかと思った瞬間、次のドアが開いて待っているという状態でした。その一つダイエーの支援では半年間で50店舗を閉めました。
再生機構は法律で5年間だけ存在する会社でした。終わるとき、実は普通に就職活動をやってみました。その中で、「一つの会社に就職することにどういう意味があるのだろう」と真剣に考えました。あるとき、インディペンデントコントラクターの方と話していて、一つの仮説に行きつきました。保険証の色が違うだけだ、と。一つの会社に入って私を使っていただくよりも、私を切り売りしたほうがお客様もリスクが少なく、私もさまざまな仕事ができて面白いかもしれない。そう思って、ふらっと始まったのが07年です。

―独立時にリスクは考えませんでしたか?

会社だって潰れる。わからないからリスクなのです。世の中はやってみなければわからないことばかりだけれども、やってみようと思う人がいます。例えば、私は農家の息子ですが、農家は夏の収穫を目指して春に種を撒きます。どんな天気がくるか、実るかどうかは夏になってみなければわからない。都会に住んでいる人は、そのリスクをとって種を撒こうとはしないけれども、農家の人は種を撒く。なぜなら、何がきてもなんとかできる、なんとかすると自分を信じているからです。その違いだけだと思います。
サンテグジュペリの『人間の土地』(堀口大學訳、新潮文庫)という本の中に、「人間に恐ろしいのは未知の事柄だけだ。だが未知も、それに向って挑みかかる者にとってはすでに未知ではない。ことに人が未知をかくも聡明な慎重さで観察する場合なおのこと」という台詞があります。挑もうとする者にとっては未知のものではなく、観察する対象物なのです。それはすでにリスクではありません。

―今のお仕事は?

今年4月にブループラネットワークスの名刺を持ちました。サイバーセキュリティ会社です。長銀時代の先輩(元吉本興業CFO)に誘われて、投資家とのご縁をつないだこともあり、10年ぶりに会社組織に所属し、毎朝出社する生活を送っています。ブループラネットワークスが買収した米国発の革新的なセキュリティ技術は米国政府機関等で使われ、陸軍から認証を受けるなど極めて評価が高い。マルウェアをブロックする特殊技術を有し、18年間破られたことがありません。「正しい動作を衛る」機能安全に徹するこの技術は「検知・反応」を旨とする従来 技術とは根本的に異なる新概念です。業界構造を変える、という人もいます。ANAホールディングや電通など国内企業8社が55億円出資しています。

「それはおかしい」と言える組織が生き残る

―日本人の仕事観については?

私も含めて、日本人は明らかに名刺に頼って仕事をしてきました。組織文化的に「この会社の課長はこういう目線で話す」というテンプレートがある。私もそうでしたが、そこには自分が腹の底から思っているかは横に置いて、そのテンプレートの言葉をしゃべるんです。そうした組織ではイノベーションは起きません。ただし、そうした日本の組織だからこそ、発信するメッセージは変わらない。誰がそこに座っても安定した言葉が聞け、バックアップがあり業務は途切れない。弱みであり、強みであるわけです。そんな組織が自律的に変わっていくエネルギーはどう創るのか。組織に参画する個々人の考えが組織の未来を決めると思います。
会社の会議の席で、誰がどう考えてもおかしなことがあります。だけど、「それはおかしい」と誰一人、声を上げない。声を上げると飛ばされる。似たような現象は世の中にたくさんあります。長銀の破たんも、原発事故もそうです。「それはおかしい」と言える組織が、イノベーションが起こり、レジリエンスがあり、生き残っていく。
日本にもそういう組織はできつつあります。新しい会社ばかりとは限らない。歴史ある会社でも変わろうとして、変わっていく会社はたくさんあるのではないでしょうか。

―目指すべき人財像は?

状況によって言うことを変えない筋が通っている人。間違ったときは、「間違っていました」と言える人と仕事がしたいし、自分もそうありたいと思います。一〇〇%完璧な人間なんていませんから、ディスカッションしながら自分を変えていくしかありませんから。

―求められる能力は?

自分の頭でとことん考えられる持久力と逃げない腹の括り方。私もそんな能力が欲しいです。

―本日はありがとうございました。