トピックス

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2017 Autumn

この記事は2017年11月発行の「JBA JOURNAL」に掲載されたものです。内容及びプロフィール等は掲載当時の情報となります。

本質を理解し、
解決に近づこうとする姿勢。

松井紀雄氏

松井紀雄氏Norio Matsui

伊藤忠商事株式会社
金属カンパニーCFO

1963年生まれ、東京都出身。87年早稲田大学法学部卒業。同年伊藤忠商事株式会社入社、経理部海外経理課に配属、88年海外研修生としてアルゼンチンに赴任。89年帰国後、国際金融部等を経て、95年伊藤忠コロンビア会社駐在、98年伊藤忠メキシコ会社駐在。2000年駐在を終えて、機械経営管理部総括チーム、06年経理部決算管理室長代行、08年経理部経理企画室長等を経て、12年中南米CFOとしてブラジルに赴任。16年5月駐在を終え、伊藤忠商事株式会社金属カンパニーCFO着任、現在に至る。

イメージする力の重要性

―ご経歴を教えてください。

1987年に伊藤忠商事に入社し経理部海外経理課配属となりました。海外研修生としてアルゼンチンに1年半赴任後、帰国して国際金融部に6年、コロンビアとメキシコに計5年駐在しました。帰国後は機械経営管理部総括チーム、経理部決算管理室、経理部経理企画室を経て、2012年に12年ぶりに中南米CFOとしてサンパウロに海外駐在。16年の5月に帰国して金属カンパニーCFOに着任しました。

―印象に残る出来事は?

国際金融部時代、西豪州で鉄鉱山の権益拡張の案件があり、営業課長と担当者交えて金融機関を奔走しました。無事に資金調達を終えて、現場視察をと思っていたところ、コロンビア駐在となり機会を逸しました。昨年、金属カンパニー着任後、その現場を見に行きました。広大な鉄鉱山を目にしたとき、心が震えました。「これが、二十数年前に自分が関わった案件なのだ。自分が調達に携わった資金の一部がこの山に使われて日本や豪州の経済成長に寄与しているのだ」と。現場を見て仕事の醍醐味、経理財務の仕事の真のやりがいは、そうしたところにあると実感しました。

―この30年間で経理財務の仕事や役割もずいぶん変化してきました。

国際会計基準の導入や規制緩和などグローバル化の流れが加速する中で、内部統制は事後的な対応から予防措置の拡充へとシフトし、様々な局面でステークホルダーとの対話が極めて重要になっています。とくに財務情報のみならず、非財務情報を伝えていくことが求められ、自社の独自性をより鮮明に伝えて、理解していただくことが非常に大事な役割になっています。ただし、会社の良識の要としての経理財務、ラストリゾート(最後の砦)としての役割に変わりはありません。
内部統制やIR、統合報告書作成等、アドオンされてきた機能は多々あります。各専門部署はあるかもしれませんが、経理財務の人間が、その人たちの役割や考え方、そして会社の戦略や方針をしっかりと理解してこそ、初めていい仕事ができるのだと思います。

―そのために必要なことは?

想像力が重要だと思います。自分が今の仕事をおろそかにすると何が起こってしまうのかをイメージする力、組織や社会に及ぶ影響を自覚する力。それを経理財務の若手の人たちにきっちり伝えていくことが私の大きな仕事だと思っています。

人財に求められる「三つの姿勢」

―これからのあるべき人財像は?

三つあると考えています。一つ目は「本質を理解する姿勢」です。経理財務が扱う数字は、便利な世界の共通言語です。その数字の向こうに何があるかを理解しようとする姿勢、見極める力がとても大事だと思います。不都合な真実が深いところに隠されていたり、真の課題が埋まっていることもあります。そうした本質に迫らなければ、いくら立派な解決策を提示しても有効に機能しない。普段から、数字を通じて本質に迫ろうとする姿勢を養っておくことが大切だと思います。
二つ目が「解決に近づこうとする姿勢」です。問題の本質に向き合ったとき、自分なりに解決策を考えてみる。答えは一つではないし、簡単に見つかるものばかりではありません。それでもあきらめず自分の頭で考え続けると、アイデアらしきものが浮かんでくる。それを周囲に話してみると予想もしなかったような反応があり、再び考える。大事なのは諦めず考え続けることです。こうして得た自分なりの「解」には、大きな価値があります。それを繰り返すことによって、気づいていなかった課題を掘り起こしたり、共感できる解決策を考えることができるようになると思うのです。
三つ目が「勉強を続ける姿勢」です。世の中、自分の知らないことのほうが多いという前提に立って、わからないことや不確かなことはすぐに調べて確認する。それを繰り返し、習慣化する。それがその人の進化に繋がっていくと思っています。
こうした能力を培うためにも、私は現場を知ることを重視しています。現場を知ることで、一つの数字を説明するときも、具体性が増し、説得力も格段に増していきます。ここで挙げた三つの姿勢のすべてに繋がってくるし、想像力や創造力にも刺激を与えてくれます。若手の人たちにも、ぜひ現場に触れ、現場の方と話す機会を持ってもらいたいと思います。

―読者に、メッセージをお願いします。

これからは、企業の方向性や将来の姿が予測できるデータの提供が、ますます重要になってくると思います。そうした中で、企業は財務情報に加えて、定性的な非財務情報を有機的かつ相互補完的に関連付けて開示していく必要があります。経理財務部門は数字やルールのプロであることはもちろんですが、数字で表しきれない非財務情報、いわば魂の部分をもきちんと理解した上で仕事を進めることが一層求められてくる。
経営環境は決してよいときばかりではありません。どんな環境にあっても経理財務の立場から、アセットの質を高めバランスシートの質を改善していく必要があれば、そのための提言を積極的に行っていくことが重要です。同時にバランスシートに載らない価値を意識する姿勢が求められる。企業の時価総額と簿価の差は、「ヒト・モノ・カネ」のヒトの部分であろうと私は常々思っています。人の持つ専門性や創造力・構想力、活力は企業の将来を大きく左右します。AIのような技術がいくら進んでも、魂の部分は取って代わることはできません。
これを行えば必ず上手くいくというような、魔法はありません。独善に陥らず、常識力を磨く。つねに大局観を失うことなく、挑戦を続けることが必要です。世の中の流れを感じ取り、全体を俯瞰する力を持ち続ける一方で、足元では目の前の仕事を一歩一歩着実に仕上げていく。そうした姿勢が大切であると信じています。

―本日はありがとうございました。